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真実は、Raptブログに。

タグ: マスコミの嘘

人生の目的を見直そう〜大本教の宗教思想からきた「常識」から抜け出す時、救いに気づく時

 

コロナパンデミックが起きてから、人々は今までになく将来に不安を抱えて生きています。

新型コロナウィルスを本当に恐れて外出を控えては、さらにテレビからマスコミが垂れ流す情報を聞いて、感染したらどうしようかと不安に思って生活している人たちもたくさんいます。

または、パンデミックが原因で仕事やビジネスを失ったり、何かしらの悪影響を受けた人たちは、コロナウィルスの恐怖の上に将来をどのようにして生きていけばいいのか、先の見えない状況に絶望的な気持ちになっているかもしれません。

なんでこんな災難に見舞われているのだろうか、何のために私たち人間は生きているのだろうか、そんな人生の根本的な疑問が頭をよぎった人も多くいるのではないでしょうか。

このパンデミックは、多くの人にとって人生最悪の出来事のように感じられているかもしれませんが、私は、人生の目的を真剣に考えるきっかけになったのではないかと思っています。

パンデミックが起きる前は、人々は考えることから遠ざかった世界で生きてきたからです。

いやいや、毎日色々考えて生きてきたし、考えないで生きている人なんていないと反論されるかもしれませんが、私がここで上げたいのは、「何を元に」「何を判断基準に」人生の選択をしてきたか、また、「何を」人生の目的として生きてきたかということです。

コロナパンデミックを通して明らかになったことの一つは、いかに人々がマスコミの言うことに振り回されて生きてきたかと言うこと。

彼らがマスコミで報道してきたことは、実は、真実とは遠くかけ離れたもので、それをいかにも「常識」であるかのように錯覚させられてきたということです。

今回のことほど大きな惨事でも起きない限り、人々に気づかれないように密かに行われてきた洗脳活動、その矛盾が表にで始めることがなかったでしょう。

人々は長いこと、マスコミが嘘をつくわけがないと信じ、疑うことなどする由もなく、むしろ、彼らの言うことをそのまま聞いては、ただ受け身の生活をしてきたというのが現状です。

そうして、そこで言われてきたことを「常識」として捉えては、多くの人がその引かれたレールに乗って、誰もが似たような人生を歩んできました。

そこには個々が持つ個性も才能もほとんど関係がないどころか、それらを引き延ばすような教育が行われるようなことはありませんでした。

ひたすら大企業に就職するために、良い大学に行くことを目的に勉強し、安定を得るために大企業で働く。その安定=お金を手に入れることこそが成功であり、その成功を掴めば幸せかのように考えさせられてきました。

そして今そんな時代も去って、大企業に入ったからと言って会社が終身雇用をしてくれるような「安定」時代も終わり、大企業こそ率先して45歳以上の社員をリストラするような時代になっています。

こんなハズではなかった…

「常識」とされてきた人生の歩み方、引かれたレールに乗って行けば安泰だと思って生きてきたのに…

人々の考えが及ばなかったところは、「常識」とされてきたことが「真実」からかけ離れたものだったということ、それを知ることも疑問視することもなかったことではないでしょうか。

この世の「常識」は「真実」から遠くかけ離れている。

それなりに考えて人生を設計してきたつもりが、真実からかけ離れた大きな賭けに出てしまったという…

「みんながやっている」=「常識」と言う変な安心感を合わさっては、作られた常識を元に人生の選択をしてきたというわけです。

先日、この「常識」の背後にあったのは、大本教の宗教思想であったことが、Rapt理論で明らかになりました。

【常識を破壊せよ!!】この世の全ての常識は、大本教の宗教思想だった。

人々が生活してきた社会の背後には、このカルト思想が蔓延していたのです。

この宗教思想は、世間で一部の人によって騒がれている様々なムーブメントとしても宣伝されてきました。例えば大麻やLGBT推進、ヴィーガンなどが上げられます。

そんな宗教思想があったとは気づかずに、良いことだと思って、それらのムーブメントに乗ってしまった人もいるでしょう。時にオシャレに、仕掛けられる彼らのイメージ戦略に乗せられては、特にヴィーガンなんて体にいいのかも?とすら一瞬でも思ったり。

「安倍昭恵」は日本の「大麻闇ルート」における中核的存在です。

「LGBT」は利権。LGBT推進の犯人はカルト宗教「大本教」・「生長の家」です。

ヴィーガンは大本教・生長の家のカルト宗教思想だった!!「肉を食べない=健康」は大嘘!!

そこに、動物愛護とか、環境ブームなどの思想がヴィーガンと合わさると、毛皮のコートをきている人に襲い掛かったりすると言うような、凶暴性をあらわにする人たちが出てきたりしたのも、カルト宗教思想が背後にあったと分かれば納得です。

似たような凶暴性はトランプ支持者からも垣間見られますが、トランプ支持者と言えば、「Qアノン」とか「Qarmy」と言う団体が有名で、これも大本教と関係していました。


本当に今この世の中で起きていることには、みんな大本教の宗教思想の元にあったのです。政治家や芸能人がこれらの運動の広告塔となってマスコミで宣伝するのは、そのカルト思想を広げるためのものだったのです。

でも何で、そんな宗教思想を常識化させてまで広めるのか、何の目的にそんなことをするのか、私たち一般庶民には考えてみても想像することは難しいでしょう。

そこには大きくいって二つの目的があったと思われます:

その一つを「目に見える」ことで言うと、コロナパンデミックを引き起こして、コンピューター監視管理の社会「スマートシティ」を作ろうとしたこと。

【完全解明!!】コロナパンデミックは、大本教・出口王任三郎の計画的犯行だった!!

もう一つを「目に見えない」ことで言うと、「無宗教」の世界を作って、人々から救いの存在を隠してきたこと。

意外な真実!「大本教」の最終目的は、完全に救いのない「無宗教」の世界をつくることです。

人口の6割が「無宗教」であると言われる日本において、「無宗教」はむしろいいことのように思われてきたかもしれませんが、それこそがすでに彼らの計画通りの目論見であったのです。

さらに、「無宗教」は、キリスト教、イスラム教に続く第3番目にその人口数があると言われて久しい状況…

キリスト教が主流だと言われてきたヨーロッパの中でも、チェコやエストニアは、なんと人口の半数以上が今や「無宗教」であるそうです。

私たち日本人にとってあまり馴染みのないチェコやエストニアですが、両国および私が住むカナダにも共通していることは、大麻に対する規制が少ないこと。

チェコは医療大麻が合法であり、個人的な使用のために最大15グラムを所持することができるそう。エストニアは、大麻は合法ではないものの、個人での使用目的の場合、4分の1オンス以内の大麻所持は非犯罪化されており、大麻に寛容な人々だと言われているそうです。(こちらより)

カナダでは2001年に医療用大麻が合法化され、2018年には大麻の個人使用も合法化されています。

大麻推進といえば、大本教思想に基づく「救いのない世界」を作るための仕掛けの一つ。LGBTも然り…

彼ら悪人たちは、性の乱れが文明を壊すのに有効であることを知っています。人々が信頼を置いてきたマスコミというツールを使って、これらの思想をカルトだと気づかれないように、オシャレに宣伝する方法も熟知しています。

これらの洗脳工作を人々に見破られないようにするためにも、彼らは、善と悪をごちゃ混ぜにして複雑に語るのも得意です。

LGBTとかフェミニズムなどに見られるのは、平和主義的なイメージを彷彿させる「自由・平等・愛」という一見聞こえの良い言葉と、カルト思想からくるこれらのムーブメントを混ぜこぜにしては、なんとなくそれらしいイメージを作って宣伝するのです。

これらの宣伝方法は、複雑に嘘も本当も混ぜているがために、冷静になってちょっと考えてみると、多くの矛盾点に気づきます。

例えば、ヴィーガンやマクロビで、世界の平和は食からと言いつつ、肉を食する人を排除するかのごとく、動物愛護や環境ブームと無理やり結び付けては難しく語ったり、時に攻撃的になったりしては平和主義とは遠く離れている感じがします。

また、LGBTや一昔前のヒッピーが主張する「性の自由」とか、フェミニズムが訴える「男女平等」にしても、「自由」や「平等」を主張しているにも関わらず、食の自由はないと言う矛盾があるように思うのは私だけでしょうか。

いづれにしてもこのようにして、大本教のカルト思想のムーブメントは、一種のファッショントレンドのように芸能人を使って宣伝、その宗教思想を世界に広げてきました。

ビートルズが宣伝したヒッピー運動を思い浮かべるとより分かりやすいですが、これらのムーブメントはどれもニューエイジ・ムーブメントと深い関わりがありました。

ニューエイジは、悪魔教である神智学が根源にある、1960年代アメリカ合衆国西海岸を中心地とした霊(霊性・スピリチュアリティ)の進化論を唱えた思想のことを言って、ヒッピーと呼ばれた若者の間で流行しました。

日本では、「スピリチュアル」と呼ばれる精神世界に受けつがれたようですが、それを広めたのがまさに大本教でした。自己啓発も然り。

RAPT×読者対談〈第88弾〉悪魔崇拝を世界中に広めたニューエイジ・ムーブメントの恐怖。

RAPT×読者対談〈第84弾〉自己啓発もスピリチャル系も悪魔崇拝。

ヒッピームーブメントが去った今もなお、政治家がフェミニズムを主張したり、LGBTや大麻を推進するのは、ニューエイジや大本教の宗教思想が背後にあるからなのです。

RAPT×読者対談〈第89弾〉ニューエイジと満州と大本教と蝦夷共和国。背後にいるのは同じ一族。

ニューエイジ思想は、ヒンズー教に由来した「超越瞑想」を生み出した「マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー」が始め、オウム真理教の麻原彰晃に影響を与えたものでもあります。

オウム真理教と言う名前を聞けば、多くの日本人にとってこのニューエイジ思想が、悪魔教以外の何物でもないことは感覚で分かると思います。

悪魔教の特徴は、このように善も悪もごちゃ混ぜにしてその思想をファッションのように宣伝し広めること。その上に、彼らの都合の良いようにルールや法律が新しく加えられていっては、複雑化した社会ができてきました。

そんな複雑な社会構造の中で生きてきた私たちは、自然と人生の目的を見失ってきました。もしくは、人生の目的を履け違えて生きてきました。

目的を履き違えた人生とは、同時に「幸せ」対する概念も履き違えていたことを意味します。こうしたら幸せになると言う考えも、悪魔教の人間が作った「常識」の元に変質してきました。

例えば彼氏彼女を作るが上げられますが、彼氏・彼女を作ったところで、普段抱えている不安や心配が消えるわけではありませんし、彼氏・彼女がいることで出てくる問題もあります。

それどころか、今や知り合ったばかりの人と性行為をすることは、当たり前、そんなことをしても幸せになれるどころか、むしろ、虚しい気持ちになる経験をした人は多いのではないでしょうか。

LGBTが盛んなカナダでは、州によって違いがありますが、オンタリオ州、サスカチュワン州、ノバスコシア州では、なんと「8歳」から性教育が始まります。

ニューファンドランドでは、LGBTを教育の中で知らせるのは14歳からで、バンクーバーがあるブリティッシュ・コロンビア州やマニトバ州の幼稚園児は、身体の部位の名前を正しく知ることが求められるようです。

(以下参照:https://www.arcc-cdac.ca/postionpapers/39-Sex-Education-in-Canada.pdf)

性教育を早く始めることを善とし、その内容が細かく時に曖昧に矛盾ばかりであることには触れず、こうして複雑化されたルールから生まれるのは、混乱もしくは沈黙しかありません。

言うまでもなく、こんなに複雑化したルールの中に生活していたら、目の前に突きつけられた情報を吸収するだけで一杯一杯になって、でも、食べていかなければいけないから、お金も稼がなければいけない。

そうこうして目先のことに囚われているうちに、人生の目的を履き違えてしまうように見事に計画されていると考えられる訳です。

そんな忙しく苦しい生活をしながらも、人間は誰しも幸せになりたいと願っていますし、そのためにも人生に目的を見つけたいとも思うものですが、大本教思想の社会においての人生の目的は、彼氏彼女を作ることに始まり、次に、結婚することにあったり、子供を産むことにあったりしてきました。

まるで人生のステージ毎に目的が設定されていて、それぞれのステージで彼らのビジネスにお金を使うように仕組まれているかのように。

人々はこうして彼らの作った目的を自分の目的であるかのように追求しては、本来の目的を失い、幸せの履け違いの中で生きてきました。

私も20代の頃は、周りと同じように彼氏を探したり、若くして結婚していく友人を見ては、私もいつか結婚するのかなと、どんなウェディングドレスが着たいか想像してみたり、中々結婚したいと思うような人に出会えずにいれば「幸せになれない」ような変なプレッシャーを感じていました。

30代になると周りからのプレッシャーは、結婚を通り越して子供を産むことに変わりました。その頃に付き合いのあった友人には、「さっさと子供作っちゃいなよ」と、旦那がいるわけでもない私からすれば無茶振りにしか思えないことを当たり前のように言われたりもしました。

これがトラウマになったと言うわけではありませんが、「女性は子供を産むもの」と言う概念が「常識」とされていることに疑問を感じていました。

そんな私に対して、「子供が欲しいと思わないなんて信じられない」とブチ切れられて以来、連絡が途絶えた人もいました。

確かに一般的には、女性の幸せの定義は子供を産むことにあるのかもしれませんが、そうじゃない人もいますし、子供がいないからって不幸に思わない人もいるのです。

彼ら悪人が作った「常識」と違うことを思ったり、考えたりする人を排除するカルト性は問われない不公平感すら感じざるを得ませんでした。

それから何年も経った昨年、私はRaptブログに出会って世の中のカラクリを知るうちに、今まで感じてきた「常識」とされてきたことへの違和感や、矛盾に感じてきたことに対して、しっくりくる「答え」をもらうことができました。

先にも上げたように、「常識」とされてきたことが「真実」とは遠くかけ離れていたこと、さらに、その「常識」が大本教の宗教思想の元に作られたものであったこと…

このことがはっきりと分かるようになって、大本教が作ろうとしているのが「救いのない世界」であることを考えたら、逆手にとって考えてみれば、救いのある世界があることが見えてきたのです。

そのことをわかりやすく教えてくれたのがRaptブログでした。

「無宗教」というカルト思想から解放されて、心の平安を得ることができるようになりました。

「無宗教」という概念そのものが、大本教のカルト思想の元に作られたものであったことに気づきました。

そんな彼らが人々から隠してきたものによって、救いのない世界を作ろうとしてきたのです。それが、「真理」であり、その存在がある「霊界」でした。

「霊界」という奥義について。悪魔崇拝者たちは「霊界」の存在をひたすら我々一般庶民に隠してきました。

私は「霊界」の存在を知って始めて、私たち人間にも救いがあったことを知りました。そこには、「救い」という概念的な言葉が表す目に見えない存在に隠された秘密がありました。

人間が幸せに生きるために本当に必要な知恵や知識、または、真の人生の目的がそこに秘められていました。

その「救いのある世界」は、奥深いけれどとてもシンプルなものでした。

反対に、「救いのない世界」がどこまでも浅はかで、だからこそ嘘に嘘を重ねて矛盾ばかりの複雑さを好むという性質もはっきりと見えるようになりました。

そうしてようやく、矛盾ばかりの社会で抱えてきた不安や恐怖、正しい答えがない複雑な社会から抜け出して、その真実を求める人々に伝えていく時がきました。

これこそが「愛」のある世界。

大本教のカルト思想が充満した社会では、人々は日々の生活に追われてはロボットのように仕事をして、「愛」について考える余裕などありませんでした。

その世の中の仕組みがわかって、真理の存在を知ってからたった1年だけでも、私の人生は大きく変わりました。

中でも、自他共に認める変化は、無駄にあふれる情報に踊らされなくなったことです。

Raptブログに出会う以前は、様々な詐欺(とはもちろん知らず)に騙されてきました。私の場合は特に、健康ブーム関連でした。

RAPT×読者対談〈第87弾〉過剰な健康・環境ブームも悪魔崇拝から始まった詐欺目的のデタラメ話。

ヨガに癒しを求める人たちへ:それ危険です!(Part 2)

私のようにオーガニックとか、マクロビとか、健康意識を持った人は今やたくさんいると思います。

良いものだと宣伝され、おしゃれなライフスタイルに憧れる人も多いわけで、そこにカルト思想の作ったあらゆる仕掛けがあったとしても、気づかずに無駄に知識をつけたりした人もいると思います。

私もそうでしたが、今は逆に、その無駄につけた知識が役立つ時がきました。無駄につけた知識があったから、Rapt理論で、それを仕掛けた大本教の宗教思想と彼らの目的とすること(人々から救いを奪うこと)をはっきりと理解できたのです。

長年洗脳されてきた「常識」を頭の中から取り除くことは容易ではありませんが、Rapt理論で語られた世の中のカラクリのお陰で、頭の中が正しい言葉・情報・知識に入れ替わっていくと、自分でも驚くほど、世の中で起こっていることや「善」と「悪」が明確に、冷静に見ることができるようになりました。

コロナの嘘、マスコミの嘘に騙されないために知っておきたい、世界のカラクリと真実

こうして、彼らが勝手に作った、「人生の目的」についても、全くもって履き違えたものであったことも今は分かるようになりました。

大企業に勤めることも、安定を手に入れるという妄想も、結婚して子供を産むことが女の幸せだという発想も、本来の「人生の目的」とかかけ離れていたために、それらをしても幸せを感じているとは言い難い状況だったのです。

「真の人生の目的」は、救いのある世界に、真理の心情にありました。それはとっても短にあったのにも関わらず、世の中のあらゆる物に気を取られたり、仕事に娯楽に溺れたりしているうちに、長いこと見失ってきました。

コロナパンデミックをきっかけに、私たち人間の持つべき「人生の目的」を確認する時がようやくきたのです。

それを、惜しげも無く教えてくださるのがRaptさんであり、Raptさんが伝えてくださる真理の言葉です。

こんな言葉が存在するとは、衝撃でした。今まで誰も教えてくれなかった内容の濃い話。

今まで聞いてきた大本教思想のものとは全く違います。彼らのように小手先のトリックを教えたり、簡単にお金を稼ぐ方法という名の彼らの金儲けビジネスに無駄に時間やお金を費やすのをスッパリ辞めることができる時がきました。

Raptさんの伝えてくださる御言葉からは、自分の個性や才能を見つけだして、それぞれの個性に合ったものの分野で、確実に実力をつけていく方法を具体的に学ぶことができます。

自分の個性に合ったことで実力がついて、それで成功するならどれほど確実なものでしょうか?

これこそ、これからの時代に特に必要になってくる幸せになるための方法です。

この世に簡単にお金を稼ぐ方法などありません。たとえ合ったとしても、自分の個性や才能に合っていなければ、人が成功したという方法でいくら実践しても、上手くいきません。

それが人生の法則の一つです。

今までの間違った情報を正してくれたRaptブログ、間違った認識を直して、真の実力をつける方法を伝授してくれるのがRaptブログの有料記事です。

Raptさんの伝えてくださる御言葉ほど、この世で本当の宝物だと感じたものはありません。

その御言葉を聞き続けて1年、こんなに混沌とした世の中に生を持っていながらも、私は、将来に希望を持って日々生活することができるようになりました。

真の「人生の目的」について知った今は、たくさんの人にこの感動を分かち合いたい気持ちでいっぱいです。

BLOG BY RAPT

 

今回の記事を書くきっかけになった御言葉はこちら↓

RAPT有料記事139(2017年1月21日)自分の中に眠っている個性と才能を開花させてこそ、真の救いが完成する。

RAPT有料記事284(2018年6月11日)我々人間がこの世に生まれてきた目的は、霊魂の救いと成長のためだ。

コロナの嘘、マスコミの嘘に騙されないために知っておきたい、世界のカラクリと真実

 

前回の記事では、私たちが生活してきた社会は、思っていたものとは全く違うものであったこと、それを知らずに、社会の法律やルールに従っては、私たち庶民が上級国民達にとって都合がいいように行動するため、洗脳工作が行われていたことについて書きました。

また、そのような状況から抜け出すことができる方法をRaptブログで見つけたことにも触れました。

「無宗教」というカルト思想から解放されて、心の平安を得ることができるようになりました。

この救いのない「無宗教」社会において、人々は目先の問題ばかりに囚われては、物事をシンプルに捉えることも、大きな視点で見ることもできなくなり、日々のルーティンをロボットのようにこなしています。

そうして、そこには必然的に愛のない社会ができあがってきました。

私が住むカナダも、すっかり愛のない社会になってしまった感が否めません。

例えば、ある人の家の敷地内に植えてある木の枝が伸びて、隣の家にほんの少しはみ出しただけで、市役所に通報されては罰金を課せられたり、敷地の広い田舎にある家の庭で鶏を飼っていた人の隣人の通報で、役所の人がその家を訪ねに来ては、8匹飼っていた鶏を6匹に減らされたという話を聞いたことがありました。

正直、近所の人の家で何が行われているかいちいち観察して通報するって、政府のスパイみたいではないですか?少しの飛び出た木や、人ん家の鶏が危害や不都合をもたらしたならまだしも、それでも、政府機関を絡める前に近所の人どおし話せば済むことではないでしょうか?

私たちはマスコミや学校教育を通して、このように、彼らに都合良く私たちが行動するように教え込まれてきたのです。

まるで、人の気持ちを考えない、知能を必要としない作業をプログラミングされた、愛を知らないロボットのように。

学校の授業で暗記物が多いのも、物事が起こる理由やその背景に疑問を持ったり、考えたりすることのないように仕組まれた洗脳工作のようなものだったと考えられます。

社会に出てからも、毎朝仕事に行く前にマスコミの垂れ流す嘘を聞きながら支度をしては、嘘の情報も何度と聞いているうちに、いつの間にか常識的にその情報を捉えるようになってきました。

そして、今回のコロナパンデミックで、テレビで流される情報だけを見聞きしている人々は、得体の知れない新型コロナウィルスであると信じては恐怖に怯え、マスコミで言われる通り外出自粛をした結果、日光浴不足で元気が出なかったり、家にこもりすぎて精神的に病んでしまった人も少なくありません。

このように、嘘の情報が常識化してきた社会が、直接人々の心や健康にもたらす害は計り知れません。

私は、Rapt理論を通して「コロナは嘘」だと分かっていたので、外に散歩に出かけて日に当たったり、たったそれだけでも気持ちが晴れています。

なぜ世の中は混沌としてしまったのか。

Raptブログは、その状況を作り出しているのが世界の上級国民たちであること、彼らが人々を支配する体制を作るために引き起こしてきた悪事の数々、この世のカラクリを解いてくれました。

彼らエリート達は、テレビと言うメディアを使って信用を売りにしては、実はその情報は多くの嘘が混じっていただけでなく、彼らが意図的に起こしてきた悪事の数々を隠すために利用してきた…

そんな想像を絶するカラクリがあったとは、私たち庶民は疑う余地もなかったのではないでしょうか。

「無宗教」人口の多い日本、「無宗教」というカルト思想の世界の住人である私たちの多くは、彼らが仕向けた洗脳工作に長いこと騙されてきました。

そうやってマスコミの言うことを鵜呑みにするように洗脳されて、その情報を元に人生の選択をしてきたのです。

例えば、癌の早期発見という悪質な詐欺。

早期発見しようとマスコミで宣伝、人々は不安を煽られて病院に足を運んだり、癌になった時のためにと、芸能人が宣伝する保険会社からガン保険に加入したりしています。

海外に住む人も、日本に帰国するたびにそれなりのお金を支払っては健康診断や乳がん検査を受けるという人の話も耳にします。

まさか、「癌という病気は存在しない」とは…

RAPT×読者対談〈第114弾〉癌という病気は存在しない。(前編)

RAPT×読者対談〈第115弾〉癌という病気は存在しない。(後編)

もしかしたら、いきなりそんなこと言って余計な不安を煽るなとおっしゃる人もいるかもしれませんが、残念ながら、マスコミや政治家が嘘をつくわけないと言う「信じたい」気持ちは、真実を見極めることから遠ざけてしまいます。

これがマスコミ洗脳の恐ろしさ。

ですが、それに長いこと洗脳され続けていると、彼らが煽るがままに不安になっては、進められるがままに必要のないところにお金を使ってしまうことになります。

今までずっと信じ込んできた存在を疑うことはできればしたくはないものですが、マスコミや政治家は、嘘つき・詐欺集団で、悪人以外の何者でもありません。

私たち庶民はそんな彼らの目論見通り、彼らのつく巧妙な嘘に騙され続けてきたのです。

マスコミ情報を鵜呑みにして、自分の頭で考えないことが、どれだけ恐ろしいことでしょうか?

どんな人のことも、どんな情報も疑ってかかるのは悪いことではありません。むしろ、賢く生きるために必要な知恵でした。

マスコミが言うままに、テレビに登場する御用学者や専門家、時に有名人の話に耳を傾けては、「あの有名人が言っているんだから間違いない」と言う根拠のない妄想が生まれます。

そうしているうちに、もれなく彼らのつく嘘に騙されては、彼らの金儲けビジネスに貴重な時間やお金をつぎ込んでしまう、かなり危険な行為に自ら足を踏み入れてきたのです。

癌の早期発見やガン保険に促すことを思い出してみても、そもそも「癌という病気は存在しない」のですから、その悪質な詐欺には、驚きを通り越して怒りが込み上げてきます。

でも、彼らのこのような悪事の行い方が理解できると、マスコミが巧みに私たち庶民を騙してきたこと、そうやって作った仕組みを使って上級国民とその関係者だけが稼いできたという詐欺だらけの社会に生きてきたことがよく見えてきます。

北朝鮮とカルトと政界と芸能界を結ぶヤクザ「住吉会」(陰謀論を否定する堀江貴文のドス黒い闇)

北朝鮮のトップ「金正恩」は日本の天皇家の血筋です。

天皇家という闇。日本赤十字社という闇。田布施システムという闇。悪魔崇拝者という闇。

もちろん、信じるか信じないかは個々の自由ですが、繰り返し声を大にしてお伝えしたいのは、マスコミの垂れ流す情報や専門家の言うことを、自分で考えたり確認したりすることなく、そのまま鵜呑みにするのは危険だということです。

「専門家の言うことを信じる」方が断然楽ですし、人を疑うのも疲れます。

ただ、人を疑わずとも、与えられた情報が理に適っているかどうかを考えたり、正しい情報なのかどうか疑問に思ったりすることは少なくともできると思います。

私も母が白血病だと言われて入院したことを機に、自分で情報を取りに行くようになり、最初は、どこから手をつければいいのか分からず戸惑いました。

あふれる情報の中から納得できる・理に適う情報を探すのに苦労しました。それについては下記の記事に書いています。

あふれる情報に惑わされた日々からRaptブログは解放してくれた。やっと出会えた人生の生き抜き方

それでも、知りたいことから自分で情報を探し始めると、自然と物事を洞察したり分析したりする力がついてきて、自分で考えるようになっていきました。

「分からないことを知りたい」が原動力になって、自分の頭であれこれ考えるようになると、マスコミの話しが「理に適っていないのでは?」と感じるようになりました。

とは言え、この時はまだRaptブログに出会っていなかったので、色々な情報を読んでは混乱していきました。特に、この専門家はこういうけど、あの専門家は違うことを言うのように、専門家の言うことが違ったり。

なので、専門家の言うことを聞けって言われても、どの専門家が正しいのか?を見極めるために疑問に思うことを調べては、次の疑問につながるという出口のない迷路に迷い込んだかのようでした。

そんな中、「癌は遺伝性」という説があるからでしょうか、家族に半ば無理やり連れられては、日本郵政のガン保険に入りました。海外で暮らす私でも受け取れるのか、といった質問を家族がしていたのを思い出します。

私のことを心配してくれているのは分かるのですが、私は全然乗り気ではありませんでした。どうしても何かがしっくりこなかったのです。

この時は母が入院したので日本に帰国していましたが、カナダに住み始めてから、私はテレビを見なくなっていたので、必要以上にテレビに洗脳されることから免れていました。

それが、テレビから情報を得る家族との意見の違いを作る要因になったことは、言うまでもありません。

「癌という病気は存在しない」とは当時は知る由もありませんでしたが、それでも、副作用ばかりの抗がん剤治療を受けて辛そうな母の様子を見ては、癌を治すはずのその治療法に納得することなどできませんでした。

抗がん剤治療を受けるための長期入院を3回繰り返して母は他界。それから数年経って私は、Raptブログに出会いました。

そして「癌という病気は存在しない」という上記リンクの記事を読んで、これが探し求めた真実だと分かりました。

母の入院中に経験したこと、人々の取る行動を観察したことを考えても、理に適った解釈をすることができました。

テレビ脳が恐ろしいのは、マスコミが言うことしか聞き入れられなくなってしまうこと。だからそれ以外のことを言われても理解に及ばないし、物事の判断基準が伝えられた情報の中で決まることです。

マスコミ以外の情報があってもそれを知ろうとするどころか、今まで聞いてきたことと違うことを知ることが怖いかのように、目を塞いでしまいます。

真実を知らないことの方がどれほど怖いことでしょうか。

不安や恐怖を減らしたいと、早期発見のために病院に行くのも、癌になった時のことを考えてガン保険に入ったりするのも、マスコミが報道することの範疇で、何度も何度も聞いて行くうちに、真実かどうかを通り越して、常識としてとらわれるようになってきました。

このような状況が一般とされてしまったわけですから、それと違う発想を持ってこられた日には、「不安にさせるような事は言ってくれるな」と反発したり、拒否したりして、ますます真実を知ることから遠ざかってしまいます。

ここでも負の連鎖。

母が入院中、担当医が「芸能人にも同じ治療をする」と話してきては、それを聞いて家族は安心感を得ていました。家族なのにまるで赤の他人かのうように私とは感じ方が違いました。

家族からすれば、私のことを外国に住むエイリアンのように思っていたかもしれませんが、そんな私からすると、芸能人と同じ治療だから何が話のポイントなのか全くもって不明で、説得されるようなものではありませんでした。

むしろ、芸能人=庶民より上の人間であり、そんな上級国民と同じ治療だから、安心とでも言いたいのか?と悪意さえ感じました。

それでもテレビ脳人口が多いので、多数決で真実が負けてしまうという、嘘が常識になっている世の中の現状を見ては、心が痛みます。

それに追い討ちをかけるかのように巷では「肩書きのない人の話は信用ならない」という考え方が出回っています。

人と会話をしていても、「それ、誰が言ってる情報?」と聞かれる機会って結構ありますよね。

中には、マスコミからの情報、ある政治家がテレビで言ってたこと、学校の先生が言っていたこと、掛かりつけの医者が言ってたことなどなど、人々は肩書きのある人をその分野の専門家とみなして、その人たちの話は聞くという傾向があります。

そんな状況を上手く利用するかのように、それぞれの分野の専門家の話を聞けと言う、自称キチガイ医師の「内海聡」氏がいます。

私はRaptブログで真実を見つける前に、彼の話を「バクロスTV」とか「内海塾」などのチャンネルをユーチューブで見ていました。

彼の話の中に、「各分野でその道の専門家になれば、人はその人の話に耳を傾ける」と言うようなことが出てきました。

これも、今思えば人々が自分で考えるのではなく、専門家の言うことを鵜呑みにするように誘導しているように思いますが、彼の場合は、薬を使わない治療を進めているので、中でも、東洋思想の分野でそれぞれが専門家になりましょうと言う意味合いで話していた感じがしました。

内海聡氏の話の中でも私は、食の陰謀論やワクチンが毒というトピックをよく聞いていました。特にワクチンに関しては、その危険性を原材料を説明しながら訴えているのを見て、毒性が強そうなものばかりで作られているなという印象を持っていました。

彼の話しでは、薬を使う西洋医学や農薬なども否定していて、代わりに自然農法とかオーガニックが良いって言う発想に繋がるようになっています。

とは言え、彼自身はハワイで健康とはあまり関係のない普通の弁当屋をやっているそうです。


ハワイは日本人も多いし、アメリカに9箇所ある生長の家(大本教分派)の会館のうち5箇所はハワイにあって、医者という肩書きとコネを使えばいろんなビジネスができるのでしょう。

私の知り合いにも、彼の話に感化されて、40過ぎてから学校に3年間通った後、鍼師になった人がいました。

彼女は、福島原発事故を機に人生が変わったと言っていました。放射能を恐れ、家族に脱原発の話をしても、山本太郎に投票するように説得しても、聞いてもらえない。

けど、鍼師という「専門家」になれば、家族が話を聞いてくれるかもしれないと熱く語ってくれたのを思い出します。

「内海聡」のいうところの「専門家の話を聞く(専門家になって人を説得できる)」は、このようにして東洋思想の各分野へと誘導されて行くのだとのちに気づきました。

健康ブームにはまっていた私も同様に、彼のこのような話を聞いては、ナチュロパス の資格を取ろうと本気で考え、学校まで探していました。

そんな時にRaptブログの下記の記事を読んで、スッパリとこのカルト思想から抜け出し、ハマっていた健康ブームとも縁を切ることができました。

RAPT×読者対談〈第87弾〉過剰な健康・環境ブームも悪魔崇拝から始まった詐欺目的のデタラメ話。

健康的なものに興味はあったけど、カルト宗教思想に引きづり込まれるのは断固としてごめん!一見聞こえがいい自然療法なのに、心の何処かに何か引っかかるものがあったのは、こういうことかと納得しました。

上記の記事にあるように、自然農法は「世界救世教」という新興宗教と関連があり、その教祖「岡田茂吉」は、元々「大本教」の信者だったようです。

彼が大本教に入信した理由が、「薬が病気の本(もと)ではないか」という自分の考えと、大本の薬毒の教えが一致していたから。

医原病や薬害の専門家であると言う「内海聡」と考え方が同じです。

とは言え、私もそうでしたが、健康ブームにハマっている人の中でも、この「大本」と言う宗教の名前を聞いたことがない人は多いと思います。

でも、この記事の冒頭でも少し触れたように、今世間を騒がせているコロナパンデミックを仕掛けた犯人こそがこの「大本教」でした。

【完全解明!!】コロナパンデミックは、大本教・出口王任三郎の計画的犯行だった!!

世界的に起こっているコロナ騒動を起こしたほどの力を持っていながら、その名前が今まで表に出てこなかった隠れカルト宗教が「大本教」であり、政治家を含む多くの有名人がその信者である可能性が高いことが次々とRapt理論で分かってきました。

板垣退助はロスチャイルドの傀儡で、その子孫である中田敦彦は大本教の工作員だった。

芸能界は大本教信者と満州人脈の巣窟である。(コロナパンデミックを焚きつける芸能人たちの正体)

トランプを熱烈に支持するQアノンも、大本教だった。

こうなってくると、彼らのような「有名人」やテレビに出てくる「専門家」が言うことほど当てにならないことがよく分かります。

もうお腹いっぱいって位に、彼らの作ってきたカルト思想に、マスコミの嘘に洗脳されてきたことを思っては吐き気すらしてきます。

この「コロナの嘘」であるパンデミックは、そんな彼ら悪人の正体をあらわにするキッカケにもなりました。

彼ら悪人とは、神様に反逆したユダヤ人の末裔で、本気で悪魔を拝んできた人たちでした。彼らは悪魔崇拝をして、あらゆる悪智恵を得ては、人々をあらゆる事件事故に巻き込んできたのです。

そうして、原爆や人工地震、原発事故などを起こしては、財産や土地を略奪してきたと言う恐ろしい歴史がありました。

今回のコロナパンデミックも、ビジネスや土地を略奪して、そこにコンピュータ化社会「スマートシティ」を作って、世界統一政府を目指すと言うなんとも一般庶民の私たちの想像を絶するものでした。

ここでちょっと複雑なのは、そのユダヤ人の末裔たちが内部で利権争いをしていること。そして、その争いが多くの矛盾を生んでいることです。

そんな矛盾の例の一つは、彼らが支配するマスコミを使って、各分野の専門家の言うことを聞けと言いつつ、IT専門のビル・ゲイツが専門外の医療分野のワクチン摂取を推奨しています。このワクチン推奨に関しては同じくIT専門のホリエモンも同様。

この矛盾を隠すかのように、要は、なんの分野でもいいからまず、有名人になって、自分の話に耳を傾けさせるという魂胆が見えてきます。

そうして、カルト思想に人々を巻き込み、人々は彼らの出版した本を買って読んだり、本くらいで済めばいいですが、その他にも様々な彼らの金儲けビジネスの餌食にされてきたのです。

本を出版するにも、カルト宗教団体とその資金力でもなければ難しいわけですし。

こうして、無宗教だと思っていた一般の人々も、オシャレに演出されたヴィーガンや、LGBTなどのライフスタイルがファションのように持て囃されては、知らずにそのカルト思想に足を踏み入れて行くのだと分かるようになりました。ヨガも然り…

ヴィーガンは大本教・生長の家のカルト宗教思想だった!!「肉を食べない=健康」は大嘘!!

「LGBT」は利権。LGBT推進の犯人はカルト宗教「大本教」・「生長の家」です。

ヨガに癒しを求める人たちへ:それ危険です!(Part 2)

私たちが常識としてきたことや、正しいものだと思っていた情報は、必ずしも真実ではありませんでした。

私たちが生きてきた世界が思っていたものとは全く違ったという意味は、このように驚くほどの「悪魔崇拝」要素に囲まれて生活してきたにも関わらず、その実状を全くもって知らなかったというところに行き着きます。

何かを学んでいるのに、彼らの嘘を常識的に捉えることを学んでいたので、真実を知るという意味においては無知だったと言うパラドックス…

「知らぬが仏」という言葉は、このカルト思想社会を正当化するためにある言葉だった感じがしてきます。

知らない方が幸せといったニュアンスで使われることの多いこの言葉は、人々が苦悩や抱えている問題などを「考えない」瞬間を持つだけで、スピリチュアルと同様、人々が救われることは絶対にありません(なんせ悪魔を拝んでいるのですから)。

RAPT×読者対談〈第84弾〉自己啓発もスピリチャル系も悪魔崇拝。

どんな問題も悩みも、その原因が何かを自分で考えたり追求してこそ、その答えが得られます。それをしないのは、問題に目をつむって過ぎ去るのを待つのと同じこと。

「時が解決する」という言葉も考えないようにするために作られた言葉かも知れませんね。

私たちがこれからの将来を正しい情報を元に選択していくためには、有名人や専門家が言っているからとその話を鵜呑みにするのではなく、自分で考えて真実を追求するしか方法はありません。

マスコミに出てくるような専門家の言うことを聞こうは、自分で考えることから遠ざける「無宗教」カルトの仕掛けた詐欺であることを肝に命じて、まずはRaptブログで真実を学びながら、自分で考える力をつけて、正しい知識を学んで欲しいと心から願います。

Raptブログ

かなり深い学びを得られると思う、今回の記事に関連するRaptブログの記事はこちら↓

RAPT有料記事57 (2016年4月9日)真に知るべき知識を数多く得て生きる。

RAPT有料記事172(2017年5月15日)嘘を常識とする世の中ではなく、真実を常識とする世の中に作り変えなさい。

「無宗教」というカルト思想から解放されて、心の平安を得ることができるようになりました。

 

私が一番好きな季節とその風景の中、未だ世間はコロナパンデミックの話題で持ちきりでしょうか。

こちらでもスーパーなど開いている限られたお店では、ソーシャルディスタンスが定着しつつあります。

このルールが始まったばかりの頃は、なんとも殺伐とした雰囲気が漂っていましたが、時間と共にそれも緩まってきているような、そんな感じがし始めた今日この頃。

それでも、マスコミが作るコロナの恐怖に怯えている人達の話を聞いたり、反応を見ては、なんとも切ない気持ちになったりします。

日本の友人の子供達は、ステイホームでテレビを見る機会が多いからでしょうか、コロナウィルスを恐れて、ゴールデンウィークは、外出自粛を積極的に頑張ると話していました。

また私の英語の先生は、週に一度、電話で話す時の冒頭で「ソーシャルディスタンスにステイホーム、ちゃんと守っている?」が挨拶がわりになって、1ヶ月以上が過ぎた先週のレッスンの時には、「僕も妻もここ最近なぜか寝起きが悪いから、コーヒーを二杯飲んでなんとか乗り切っている。」と言いました。

私が住むカナダは、ただでさえ冬が長く、日照時間は貴重で、人々は普段からビタミンDが必要だと、会話のところどころに出てくるのですが、今回のステイホームを律儀に守った人達にとっては、必然的に日に当たる時間が奪われ、そうして健康状態にもひっそりと悪影響を及ぼしていると考えられます。

マスコミの情報を鵜呑みにすることが、害になることを表した一つの例。

そんなマスコミの影響力が未だ強い中でも、政府の対応の仕方に矛盾を感じたり、周りにコロナウィルスにかかった人がいないこととマスコミの報道とのギャップに疑問を覚えた人も少なくないようで、中にはコロナの嘘を知って色々と調べるうちに、今までの価値観や常識としてきたことが180度変わってしまったという人もいたり。

かたや、コロナの報道の嘘を知ったからなんなの?と思う人もいて、自分の生活にそこそこ満足していたり、コロナ騒動のせいで仕事がなくなることもなかった人たちの中には、真実を知る必要性を感じない人もいます。

この発想こそが、「無宗教」がもたらした愛のない社会。その底知れぬ深さを垣間見ては、胸が締め付けられる思いがしました。

どんな状況におかれていても、単純に考えて、コロナの恐怖を煽る報道が嘘だと分かれば、無駄にステイホームすることなく、散歩に出かけて日光浴をするだけでも気分転換になることは想像できますし、気分転換できれば、ストレスからくる家族の喧嘩なども避けられるかもしれません。

親戚や友人にこの状況を伝えてあげることができれば、より多くの人が無駄な不安から解消されることにもなりますが、真実を聞かされてすんなり受け入れる人もいれば、政治家が言うことを疑わずにきた人達にとっては、全く逆のことを言われて理解が追い付かずに反発するだけであったり。

自分のことだけで精一杯な人も多く、そうするとどうしても自分さえ良ければいい的な考えが先に立ってしまうようになった愛のない現代社会。

そんな愛も、救いもない「無宗教」社会を作ろうとしたのが、今回のコロナパンデミックを引き起こした犯人でした。

コロナウィルスは、マスコミで言われているような得体の知れないものではなく、コロナパンデミックは、大本教・出口王仁三郎による計画的犯行であったことが、Rapt理論で明かされました。

【完全解明!!】コロナパンデミックは、大本教・出口王任三郎の計画的犯行だった!!

そんな悪人達がコロナパンデミックを起こした目的は、世界各地の都市から土地を略奪して、そこにコンピューター管理の街、「スマートシティ」を作ること。

私が昔から大嫌いだった言葉に「長いものに巻かれろ」があります。この処世術とか言われている発想こそ、あちら側の仕掛けだったのだろうと考えるとしっくりきてしまいます。

長いものに巻かれていれば、人々はロボットのように自分の頭で物事を考えることをしなくなって、そんなロボット化する世界には愛など不要なので、コンピューター管理社会にはもってこいです。

マスコミの報道からは、そんな話はもちろん出てきませんし、むしろ、人々がマスコミの報道通りにコロナウィルスを恐怖に思って、自発的にその場所から離れてくれたら、スマートシティを作りやすくなるというカラクリ。

長いこと嘘の情報で人々を洗脳し、時に恐怖を煽っては、言われた通りに従う、自分でものを考えない人達を作ってきたというわけです。

こんな普通の人間では思いつかない悪事の裏には、大本教・出口王仁三郎のカルト思想がありました。

その大本教が目指した世界こそが、私たち庶民から救いを遠ざけるための「無宗教」という概念を植え付けることでした。

意外な真実!「大本教」の最終目的は、完全に救いのない「無宗教」の世界をつくることです。

現に、私も無宗教家庭で生まれ育って、自然と自分は無宗教だと思ってずっと生きてきましたし、親戚に創価学会の人がいたこともあって、宗教に対して良いイメージが全くありませんでした。

創価学会の信者の親戚は、普段特別会話をするわけでもないのに、選挙の前にだけ、公明党に投票するように電話をしてくるとか、そのついでに聖教新聞を取るように勧められては、私の母はいつも嫌な気持ちになっていたのを見てきました。

そんなある意味短にあった創価学会も、大本教も同じ「国常立尊」という悪魔を拝んでいるというのですから、開いた口が塞がらないだけでなく、カルト思想というのは、その名の通り、まさに悪魔崇拝からくるのだということが分かりました。

 「国常立尊」を基軸とした「トヨタ」と「JAL」と「キャノン」と「パソナ」と「経団連」と「創価学会」と「大本教」と「北朝鮮」と「日本財団」と「イエズス会」と「CSIS」と「皇室」の奇妙なつながり。

私は、昔から創価学会と公明党の繋がりに疑問がありました。なんで政治に宗教が絡むのか。

また、宗教に良いイメージがないがために、どういう仕組みになっていて、社会においてどのような役割を果たしているのか、調べてみたいと思うこともなく、むしろ、変に知って騙されれたくないという気持ちの方が強くて、避けてきました。

今思えば、こうやって自ら「無宗教」という彼らが作ったカルト思想にどっぷり浸っていたとも言えます。

そうして、知らずにカルト・大本教の目指した救いのない世界の中で、奴隷のように扱われてきたことにも気づかずに、ずっと生きてきました。

これこそが、カルトが作り出した「無宗教」というカルト宗教。信者になろうとする必要はなく、ただ、テレビを見たり、新聞を読んだり、有名人のユーチューブ情報を聞いていれば、自然と洗脳されていきます。

そうして、嘘が充満した情報の中で、政治家は嘘をつかないと信じ切って、いつの間にか間違った情報の認識が常識化してしまうという…

私はこの社会構造が分かって、日本に無宗教人口が多い理由がよく理解できました。

そんな奴隷社会に生きているとはつゆ知らず、カルト宗教の思想にまみれた生活を送ってきたお人好しな日本人の私たち…

習慣のように初詣に出掛ける行為が物語っているように、神社には神がいるとかいないとか、そういうことを考えて追求するのではなく、ただ文化・風習的に出掛けて、願掛けをする(それも彼ら悪人が崇める悪魔に…)。

この行為一つをとってみても、カルト宗教に入ってしまった人の特徴と同じことを表しています。

そのカルトの特徴とは、人が自分の頭で考えないようにすること。その為にも、上層部は、無駄に物事を複雑に話しては、なんとなくそれらしきことを言っているかのように振る舞って、人々を混乱させ、終いには、思考停止状態に持っていく…

カルトの世界は、指導者に従って認められることが重要視されるようで、指導者の意見に従ったり、機嫌を伺ってさえいればいいので、指導者が言っていることが正しいかどうか、自分の頭で考えることからは自然と遠ざかっていきます。

この構図は、会社勤めをする人の働く環境においても同様に、自分の頭で考えて仕事をするというよりは、常に上からの指示に従って仕事をしなければいけない、少なくともそのような雰囲気が漂っています。

そのため、上司に認められるために仕事をする人が本当に多いこと…

東京で働いていた時の私は、そんな同僚の立ち振る舞い方を見ては、人々はなんのために、どんな自分になりたくて仕事をしているのか疑問でした。

仕事をする目的が上司に気に入られることになってしまうと、あちこちで無駄が出てきては、どんどん複雑化していくので、そんな上に媚を売るような同僚と一緒に仕事をするのは、煩わしい以外の何物でもありませんでした。

救いのない無宗教社会のように、本来の目的を見失ったプロジェクト内容からは、もはやなんのためにこの計画を行うのか、肝心な部分が抜けていきました。

決まって、横のつながりの人間関係も複雑になっていき、誰々のやり方は良くないなどとぶつぶつ文句をいっては、味方を増やしたいがために周りを取り込もうとしたりする無駄が発生するという、悪循環。

仕事をしにきているのか、自分に同調してくれる仲間を探しにきているのか、全くもって意味不明でした。

そんな私の社会に対する疑問に対して、理に叶う答えを与えてくれたのがRaptブログでした。

そこには、宗教には本物の宗教があったこと、本物は徳を高めるものだったことが記されていて、それを知った私は宗教というと悪いイメージばかりが先行していた理由を含めて、非常に納得することができました。

本物の宗教は人の徳を高めますが、カルトは人の徳を貶めます。しかし、なぜかこの世にはカルトに入って活躍し、光り輝く人がいます。

誰からも聞いたことがなかった宗教の話に、「本物の宗教は人の徳を高める」という美しい言葉の響きに感動しました。

私は、いつの頃からか、ことわざとか、名言と言ったものを読むのが好きでした。短い文章のなかに「なるほど」と思うことが凝縮されている言葉、それらを読むだけで賢くなったような気分に浸ってみたり。

Raptブログに出会ってからは、興味のなかった政治・経済・歴史などの分野の話を、それも長文にも関わらず興味深く読んでいる自分に気づきました。

そうして世の中のカラクリに気づけば気づくほど、無宗教社会が作り出した矛盾にも気づくことができるようになりました。

私は、10年以上前にテレビを見なくなってから、マスコミが嘘で人々を洗脳していることや、そんな嘘も嘘だと分からずに信じて何度も聞いていれば、いつの間にか常識であるかのように錯覚させられる社会で、人々が生活していることにも薄々気づいていました。

ですが、無宗教というカルト思想の中で暮らしていたとは、到底気づきませんでしたし、まさか、救いのない世界を作るために無宗教があったとは想像を絶するものでした。

それが大本教などのカルト宗教が目指した世界であることが理解できるようになると、それを逆手にとって考えてみれば、救いのある世界を作るためには、本物の宗教しかないことに行きつきます。

救いのない世界では、マスコミが垂れ流す情報を受身で聞いて、自分でものを考えられないようになってきました。

救いのある世界では、真理の御言葉を自発的に聴きたくなるし、深い内容の話を聞いたり、今まで分からなかったことに対する答えが出てくるという本当に素晴らしい体験ができています。

こうして、真理の御言葉を聞いて悟ることができると、自分の頭の中にこびりついていた嘘の常識や間違った考えがなくなっていくのです。

自分の頭の中が正しい言葉に入れ替わっていくと、世の中に氾濫している嘘の情報に惑わされることも自然と減っていきます。

こうしてたくさん悟ることができれば、世の中のカラクリもより明確に理解することもできますし、たくさんのことが分かるようになれば心配事がどんどん減って、心に平安を得ることができるのです。

これが救いのある世界。

その真理の存在を知れば、上司の顔色を伺って仕事をするようなこと自体が、なんとも取るに足りないことであることに気付きますし、自分のために何一つ為にならない無意味なものであることが良く分かります。

この世の中は、思っていたものとは全く違いました。

世の中の法律やルールを守っているだけでは幸せになることができない理由は、救いの存在がすっぽり隠されてきたからだったのです。

私は、Raptブログでこの衝撃的事実を知り、Raptさんが伝えてくださる真理の御言葉を聞いていくうちに、この偉大なる真理の存在を悟ることが出来ました。

そのおかげで、「無宗教」というカルト宗教が作り出した思想から抜け出すことが出来ました。そうして今までに経験したことのなかった心の平安を得ることが出来るようになりました。

この救いの御言葉こそが、愛の賜物です。

救いのない現代社会に欠けていたのは、まさに愛の存在でした。その愛の存在こそが神様であり、その存在を隠して人々が救われることのないように、彼ら悪人の奴隷でい続けるようにとしてきたのが、大本教などのカルト宗教でした。

私たちは、神様の偉大なる歴史の中に生きていたのです。

にも関わらず、唯一の人々の救いである神様の御言葉から遠ざけられ、本気で悪魔を崇める悪人たちが作った法律・ルールの中で、それに従って生きてきたのです。

だから、本当の幸せの意味などわからないままに、目先のことに捕らわれては、ひたすら救いのない、間違った道を歩んできた…

人は誰しも幸せになりたいと願って生きているはずです。

ならば、真理の御言葉を聞いて、今まで間違った道を歩み続けてきたことを理解して、軌道修正をしてこれからの人生をいきたいと思いませんか?

コロナパンデミックは、神様の存在を人々からずっと隠してきた悪人達によって引き起こされました。もう一度そのことをじっくり考えて、真理の存在に気づいて欲しいと願います。

そして、愛の御言葉を聞いて、分からなかったことの答えをたくさん受けて、本当の意味での心の平安を得て欲しいと思います。

心の平安無くして、幸せな人生を歩むことはできません。

幸せな人生とは、分からなかったことが分かるようになっていくことで不安から解放されることであり、何か行動を起こす時にも分かってから行動することができるようになることでもあります。

これがどれほど確実な人生の歩み方であるか、想像して見てください。

その具体的な方法をRaptさんが御言葉から惜しげも無く伝授してくださっています。

人の徳を高める本物の御言葉が聞ける唯一の場所はここにありました。

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