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真実は、Raptブログに。

タグ: 陰謀論

「簡単にお金を稼げる方法などない」と確信できたから悪の道に引きづり込まれずに救われた

 

生きていれば誰にも様々な艱難が訪れます。

艱難はその時その時とても辛いと感じるものであるのと同時に、物事を違った角度から見るきっかけになったり、軌道修正できる機会になったりもします。

そして時間が経ってから過去を振り返ると、あの艱難も様々な道に導かれるために必要だった、物事は意味あって起きるということが分かります。

あふれる情報に惑わされた日々からRaptブログは解放してくれた。やっと出会えた人生の生き抜き方

私にとっては母が白血病だと診断されたその日から艱難が始まりました。そして、その艱難の最中に次の艱難が始まりました。

それは、働き方を見直さずを得ない状況に追われたことです。

今まで短大を卒業してから、ワーホリ時代や、数回に渡る母の入院時前後の数年を抜かした15〜16年間、何度と転職を繰り返したものの、すべて会社に勤めて給料をもらうという一般的な働き方でした。

母の再入院を機に、日本に一時帰国していても、カナダに戻っても作業を続けられる、会社で働く以外で生活費を稼ぐ方法を探し始めました。

今思えば、艱難から得た転機であったと同時に、試行錯誤の日々で、生活費どころか小銭すら稼げない日々の始まりでした。

今までとは違った働き方。

まずは、「ブログで簡単にお小遣い稼ぎ」が目につき、これなら在宅でスキマ時間に出来そうということで始めることに。

パソコン作業は不得意ではなかったものの、ブログを作るとなると初めてのこと、専門用語など分からないことがたくさんでてきました。

そのため、ブログでお金を稼ぐ方法についてブログを書いている人の記事を読むようになりましたが、だいたい例によって「1記事1テーマ」しか書かれていなので、全体像が分かっていなかった自分にとっては効率が悪いことに気づき始めました。

(余談ですが、その点、Raptさんの1記事に含まれる情報量といったら本当に圧倒されます)

そこで有料教材なる物を購入して見たものの、まったく興味のない芸能ネタを書いてアクセスを集め、グーグルアドセンスなどの広告費を狙うというものでした。

このときは完全にお金という現生利益を追求していたので、ネタがたとえ書きたい内容のものとはかけ離れていても、とりあえずやってみることが必要であったかも知れません。

ですが、芸能人のゴシップネタを書いて、そういうのが好きな人に読んでもらうという、どうも薄っぺらい感じがして、そんなことに時間を使うことに抵抗を感じ、すぐに挫折しました。

せっかく有料教材を買ったのに…

とも思いましたが、ワードプレスでブログの初期設定ができたので、それでよしと思うことにしました。

今思えば挫折してよかったのですが、さらに次の挫折が待っていました。

自分のブログが軌道に乗るまでと、登録してあったクラウドワークスから来たある企業の依頼で、風水に関する記事を書いた時のこと。

(私はカナダでインテリアの勉強をしていたので、その流れもあって、母が入院中に通信で風水セラピストと住宅鑑定風水師という資格を取得していました…これまた悪魔崇拝…)

1週間に1記事ペースだったと思いますが、10記事を書き上げた頃、右腕が上がらないほどに激痛が走り、それ以上作業することができなくなり、これまた挫折。

これもある意味、悪魔崇拝に引きづり込まれないように導いてもらった出来事の一つかも知れません。

痛みが和らいできた頃には、サーバーをカナダのものに移して、気持ち新たに健康関係の有益なブログ記事を書こう!と思ったのもつかの間、健康情報は、様々な専門家がそれぞれ違ったことをいうような世界。

そこから何が正しくて、正しくないのか、その正しい正しくないはどう見極めて判断すべきかに悩みました。

私が書いた記事を添削してもらったこともありますが、その彼女には、人の記事いくつかからコピペする人もいること、あってもないことをときには繕う方法もやり方だと教わりましたが、どうも性に合わず、逆に添削してくれた人の性格を疑うように。

でもお金を稼ぐってことは、こういう軽い詐欺はやってのけるということなのか?そんな疑問すら湧いてきて、ブログを書いてお小遣いを稼ぐという道は、想像以上に厳しいと感じるようになっていきました。

時を同じくしてあるナチュロパスドクターのブログを見つけ、小麦粉(グルテン)が体に及ぼす影響、小麦粉といえば緑の革命、緑の革命といえばロックフェラーが資金提供していた農業革命。

そうして陰謀論などを読むようになりました。

そうしているうちに、当時から、悪魔企業だと感じてたモンサントやそれに付随する健康情報をシェアしなければという衝動にかられ、ブログを書くために、有名陰謀論者の記事をいくつも読んでは混乱していきました。

偽善者ぶって記事を適当に書くこともしたくないし、かと言って、当時流行っていた、仮想通貨テーマで、その取引所を紹介してアフィリエイト報酬をもらっているっていうのも微妙。

有名ブロガーや有料教材販売している人たちが、簡単に稼げたかのように言うのは、教材を売り付けるだけの販促でしかなかったのか、自分には向いていないのかも・・・

母の病気に比べれば、お金が稼げていないことはさほど辛くないかのように思われましたが、これも数ヶ月から数年ともなれば、ストレス以外の何物でもありませんでした。

でもあきらめきれない。これ以外の方法が思いつかない。でも、なぜか、ブログは続けたい。

やり方があっているのかもわからないまま、自分の弱さ上に記事が書き続けられないやるせない思いと、ブログで何としてでも稼げるようになりたいという焦りに挟まれて悩みました。

色々悩んだあげく、オーガニックや健康関連にしぼってブログ記事を書いていこう。そうして、ブログにおすすめ商品のアフィリエイトリンクを貼り付けていったりもしました。

そうしてほんの少しは稼げるようになったものの、あまりにも少し過ぎて、それでは何もできないレベル。

家族には、ネットで稼ぐなんて効率的ではないなどと何度と否定されては、外に働きに戻るかまたすごく悩みました。

ですが、カナダの田舎町に住んでいることもあったり、陰謀論をかじっていたので、イルミナティ傘下の会社の奴隷にはなりたくないという思いが日に日に増して、ならばハーブコンサルタントとか、アロマセラピストとか、ナチュロパスの資格などをとって、それで独立するかと真剣に考え始めるようになっていました。

その時に、
過剰な健康・環境ブームも悪魔崇拝から始まった詐欺目的のデタラメ話。

このRaptブログの記事に遭遇しました。

自然農法が岡田茂吉から始まっていること、宇宙人を見たというりんごの木村さんの話など、どれもこれも健康オタクの友達がはまっているものでした。

彼女はベジタリアンになって健康になった、原発反対の立場で山本太郎を応援し、内海聡のファンであることはいうまでもありません。

私もRaptブログに出会う前には、内海聡氏の出演しているバクロスTVをみたり、彼のニュースレターを読んだりしていたので、ロックフェラーが医療、食産業の悪の根源だと思って、社会の裏側を知った気になっていました。

内海聡氏が言っていたように、まずは手に職や、立場をつけて、人々が自分の話に耳を傾けてくれるようにしないことにはと、ナチュロパスなどの資格を取ることを検討し、どの学校でナチュロパスの資格をとるか目星までつけていたので、この記事のタイトルを読んだときは、一瞬、思考停止しました。

それからは、悪の道に進むことなく救われて、なんだか生き返った気分で、Raptブログの一般記事をまず読み漁りました。

当時気になっていたあらゆるキーワードで記事検索をして、「Rapt+キーワード」で調べて行くと、私が気になっていたキーワードにヒットする記事がRaptブログにすでにたくさんありました。

ものすごくびっくりしました。

Raptブログだけ読んでいれば、遠回りして時間を無駄にすることなく済んだのに、とも思いました。

が、前回の証にも書いたように、神様は物事が起きるためのタイミングも見計らってくれていると感じています。

だからこそ、「起こる物事すべてに意味があり、意味がないことは起きない、そして物事が起きるには順番がある」のだと思います。

これまでに無宗教だと思ってずっと生きてきたにも関わらず、色々なあちら側のときにオシャレにも見えるけどどこか怪しい宗教っぽい思考に惑わされては、それを正当化しようとしていた自分にようやく気づきました。

でも、Raptブログはキリスト教の話をしているし、これまた宗教か?と一瞬思ったりもしました。

しかし、Raptさんが確実にほかの有名陰謀論者と断然ちがうのは、悪いものを悪いとはっきりと根拠を提示して説明し、世の中に氾濫した多くの洗脳された情報の数々を、Rapt理論をもとに解き明かしているところ。

そしてRapt理論を組み立てることができたのは、聖書を何度も何度も読んできたから。どんどん説得されていきました。

中でも特に衝撃だったのは、キリスト教がヴァチカンに乗っ取られていたという事実を知ったとき。

私が住むカナダは、国を挙げてクリスマスを祝い、中国の新年まで祝い、シリア人家庭向けに作られたクリスマスチョコレートが販売されていたり、LGBTの権利は年々強くなり、庶民は政府を恐れて何も言わない、そんなところです。

Raptさんがこれまた見事にカナダのことを説明してくれています。

○カナダは次の秦氏=ロスチャイルドの拠点となる。

このように衝撃的な誰も語ることのできなかった悪な世の中の仕組みを、Raptさんは、無料の一般記事でなんともわかりやすく説明されていたので、有料記事には、どんなすごい謎解きがあるんだろうと興味をそそられると同時に、今まで疑問に思ってきたことや悩みの答えが見つけられるだろうと思いました。

そうしてRaptさんのみ言葉を聞くようになってから、ある時、「世の中そうそう簡単に儲ける話などない」と言うことがはっきりわかった瞬間がありました。

なんとなく気づいてはいたものの、悪の声に騙され続け、現生利益を得ることに執着していたことから解放されて、あの瞬間ほどスッキリして救われた気持ちになれたことは今までありませんでした。

あのままRaptさんのみ言葉に出会わず、ナチュロパスだのアロマセラピーだのになって、それで生計を立て始めていたら、もう悪の道から抜け出すことはなかったでしょう。

それどころかどんどん執着し、ホメオパシーとか、ヴィーガンとか、環境活動家などといったさらなる詐欺に足を踏み入れていったかも知れません。

「あの気づきがあのときなければどうなっていただろう」そう考えるとゾッとしますが、本当に絶妙なタイミングで神様に正しい道に導いていただくことができました。

あのRaptさんの記事に出会う直前まで、健康関係のイベントに行っては無駄にオーガニックの化粧品を買ったり、軽いアクセサリー感覚だったにしてもパワーストーンなどというものを買ってみたりしていました。

なんという無駄遣いをしていたのか。

世の中の仕組みを知ると物欲がなくなって、節約になることにも気づきました。

今ではそんな無駄遣いしなくても、肌の調子はいいし、食べたいものを食べ過ぎることなく食べるという普通なことでことが足りています。

溢れる情報に惑わされていたときは、何が正しい情報なのかを見極めるのが極めて困難だったので、どの情報を自信をもって掘り下げてそれを人に伝えていくかで悩んでなかなかブログ記事に書くことが出来ませんでした。

しかし、Raptさんのブログに出会えて、何よりも真理は一つであることがわかってからは、Rapt理論を元に溢れる情報をから正しい情報、嘘の情報を見極めることができるようになっていき、自信を持って証を書くことが出来ます。

ブログ添削の人に言われたような「嘘を繕う」ようなことをする必要はもちろんなく、自分が真に悟ったことをそのまま書けばいい。

お小遣い稼ぎが出来なくともブログを辞めずにこれたことは、インターネット上の情報がいかにたくさんの嘘で溢れているのかに気づかせてくれたとともに、こうやって証を書く為だったかもしれません。

今はまだ証を書き始めたばかりでうまく書くことが出来ていませんが、私がRaptさんのみ言葉で悟ったことを書き続けることで、私自身が救われること、共感してくれる人が一人でも出て救われることがあれば、なんと有意義な生き方でしょうか。

私のように親の介護などで在宅ワークを探して、ブログで稼ぐ方法やアフィリエイトのやり方で迷いに迷った人、健康情報に振り回された人は結構いると思います。

そのため、Raptブログを一人でも多くの人に広めて、真実を求める一人でも多くの人が救われて行くこと願います。

人を救うなんてそんな大役が私にも果たせるかも知れない。それが生きる希望でもあります。

Raptさんが命がけで伝えてくださっているみ言葉。

神の世界に生きる私たちが、神に遣わされた人の言葉を聞いて、従って、それを忠実に義を行なってそれを証ていく。

Raptブログに導いてくださった、そこまでにもたくさんの気づきを与えてくださった神様に深く感謝し、この感動を一人でも多くの人と分かち合いたい、そう切に願います。

BLOG BY RAPT

あふれる情報に惑わされた日々からRaptブログは解放してくれた。やっと出会えた人生の生き抜き方

 

Raptブログに出会ってからまだ半年も経っていない者ですが、たった数ヶ月の期間でも、今まで40年強生きてきた中で、誰も教えてくれなかった息苦しさの理由を知ることができました。

無宗教家庭に育って、高校は英語教育に力を入れていると言われる学校に入り、プロテスタント系の短大に行ったにも関わらず、聖書に興味を持って自主的に読むことがないだけでなく、聖書の授業では60点と、その授業をパスするのにギリギリの点数といった、とても恥ずかしいレベルでした。

そんな私がRaptブログに出会ってからその御言葉から気づかされたことは、過去に起きた苦しい出来事の数々は、全て神様を信じることで得られる悟りを知るための艱難であったということがわかりました。

その艱難の一つは、母が白血病だと言われて、何度と長期に渡る抗癌剤治療をして、亡くなるまでの間3年半。

なぜ、母のように何も悪を行っていない人が、一昔前まで難病と言われていたような恐ろしい病に見舞われてしまったのか。

ずっと理解できずに辛い思いをしました。

ですが、誰しもこのような艱難が自分や家族の身に起こらない限り、人生についてどう生きるべきかを考えるという、一見当たり前のように思われることを見過ごしたまま、日々の生活に追われてしまいます。

そしてある日突然、艱難に見舞われては、「神様がいたらこんな災難は起こらないはず。神様なんていない。」

そうやってそこから何も悟ることも学ぶこともなく、だから答えも得られず、ただどこにもやれない気持ちに蓋をしてしまいます。

もしくは、衝動にかられたように神社仏閣に行って願かけをしては、「神様にお願いしたから大丈夫」と、他人任せにして何かをやった気になってしまったりもします。

私の母が入院した時も、そうでした。

無宗教の家庭だったにも関わらず、母が入院した時に家族が真っ先に行こうと行った先が神社でした。

私的にはそれがとても不思議でしたし、ある意味、都合よく災難が起きた時だけ神頼みをするなんて、返って罰当たりな感じすらしました。

当時の私は神様の存在をよく理解していませんでしたが、神社には神様はいないような気がしていました(実際、悪魔崇拝の場であったとは…)。

それに神社に行く時間があったら、気落ちしているだろう母の病室に顔を出す方が先にすべきことではないか、とも思いました。

こういう時に、人間が取る行動の背景には、普段から蓄積されてきた受け身の情報が垣間見られるものだ、ということも分かりました。

「お医者様の言うことを聞けばよくなると信じて」「芸能人にも同じ治療をする」これらの言葉は、家族にある種の安堵感を与えたようでした。

しかし、私はインターネットで毎晩夜な夜なありとあらゆるものを読み漁っていたので、母の病院生活の中で観察したことと読み漁ったことの間には、腑に落ちないことばかり。

とは言え、入院しているのは私自身ではないので、勝手にこうしたい、こう思うなどと言うことすら無意味な状態、むしろ、家族と対立するだけでした。

家族には理解してもらえないやり切れない思いを、病院に通う道中空を見上げながら、一人心の中で気持ちを吐き出し、頭の中を整理しようとしていました。

この時にはまだ神様の存在を確信してはいませんでしたが、Raptブログに出会って御言葉を聞くようになってから、あの時も、神様が私が悟りを得られるように見守っていてくれたのではないかと思います。

母が入院するようなことがなければ、真剣に情報収集をしたりすることもなかったでしょうし、家族と自分のもつ感覚がここまで違うことにも気づかないままだったと思います。

また、母が入院してしまったことと家族との葛藤があまりにも辛くて、家族以外の昔からの友人に話をしてみても気分が晴れることはもちろんなく、本当に神様のような存在以外、私の悩みに対して答えをくれる人はいないのではないかと、神様の存在について考えるようになりました。

空に向かって自分の中に抱えている葛藤を考えている時だけが、母親の治療のことを考えて出てくる不安や、家族との意見の相違についてイライラするといった負の感情から解放されました。

とは言え、急に神様の存在をどう理解したらいいのかも分かりませんでしたし、どう対話したらいいのかもわからないままであったのは、言うまでもありません。

また、あの時神様の存在をはっきり理解していたら、意見の違う家族との間で私はさらに苦しい思いをしていたかもしれないとも思ったりもします。

母親の入院中にあったもう一つの大きな悩みは、カナダで勤めていた職場を辞めることになったことでした。

母親の入院が長引き、当時勤めていた職場の上司は数ヶ月ほど私の戻りを待っていてくれたのですが、ある時メールが来て、「7月から戻ってこれないなら、これ以上は待てない。」と言われました。

迷いましたが、母が退院するまで側にいようと決めて、退職することにしました。

カナダに戻っても職場を探すところからまた始めなければいけないこと、給料が途絶えた不安がありましたが、この経験がのちに会社奴隷に戻るのではなく、ブログなどの在宅で日本でもカナダでもできる仕事探しのきっかけとなりました。

これなら隙間時間を使って、在宅でお小遣い稼ぎができるかも?そんな気持ちで始め、いくつかの有料記事を購入したりして、ブログ作りをして見たものの、そう簡単にはお小遣いを稼ぐことはできませんでした。

Raptさんのある日の御言葉で、「世の中そうそう簡単に稼げる方法などない。」と聞いてからは、それまで変にしがみついていたお金を稼ぐことが成功のような考え方を、綺麗に払拭することができました。

神様から答えを得て救われたと感じた瞬間の一つ、お金持ちになったわけじゃないのに、すごく気持ちが満たされて楽になりました。

こうして、御言葉に従っていけば、艱難に見舞われても、「悟り」を得られることで迷うことなく、人生を有意義に生き抜けると確信しました。

悟りを得るタイミングも神様は見計らってくださっていると感じています。

母親を亡くしたことへの気持ちの整理には時間がかかりましたが、その間も、何度も「知らぬが仏」なのだろうか、「物事起こるべくして起きる」とはどう言うことなのか、真理を求め続けました。

そうしてRaptブログと言う、世の中の隠されてきた秘密を見事に解き明かす「神業」の学問に出会うことができました。

有料記事で御言葉を聞くうちに、現在起きていることだけではなく、過去に起きたことからも、「悟る」と言うことの意味を知ることができ、「物事は起こるべくして起きる」と言うことがわかるようなりました。

「真実とはこういうことだったのだ」と、衝撃を受けるとともに、深く感動しました。

この御言葉に従順に義を行なっていけば、正しい生き方ができると確信するとともに、物事を善と悪に区別することができるようになることを、Raptさんが明かして下さっています。

これが人生を生き抜く方法なんだと迷わず前進して行くことができると、今まで得たことのないエネルギーを感じています。

最近では、私の物事に対する発想や発言が変わって来ているようで、今までは、ああでもない、こうでもないと陰謀論系の話を挑戦的に持ちかけて来た友人が、言い返してこなくなりました。

さらに、私には直接言わないものの、この彼と共通の友人と会う機会があった時に、「あのなんかすごい感じの人は最近なんて言ってるの?」と聞かれたりもしました。

挑戦的な友人がどうも共通の友人に Raptブログの話をしているようです。

今まで目にしたり、耳にしたり、親や学校の先生に言われてきたりしてきたことの中に、一切含まれていなかった、本当の世の中の仕組みに、その中で生き抜く方法。

それを知らずに80年も100年もの長い人生を楽しく生きたいと考えるから、それはそれは惑わされたり、騙されたりの連続でも仕方がなかったと言えるでしょう。

世間の父親が子供に言うように「私の家で生活する間は、私の規則に従え」ではありませんが、神様に与えてもらった人生を、神様に従わずして生きたとして報われるどころか、生き方がわからなくて当然です。

そうやって迷っているすきにサタンがやってくる。そのサタンによって支配され続けてきた。

Rapt様の御言葉を通じて、自分がこれから残りの半生をどう過ごしていくべきかを日々悟り、たくさんの悟りを得られるようにするためにも聖書を読んで行きます。

私はカナダに住んでいるので、いづれはRapt様の御言葉から悟ったことを、迷える人々に英語で伝えていけるようにして行きたい、それが私の夢であり希望です。

生き方に迷う、真実を求める多くの人にRaptブログの有料記事を読んでもらえますように。

最後に、Kawataさんのブログを参考に、Raptブログ「誰でも世界を変えられる」のYoutubeビデオのリンクを貼らせていただきます。

あなたも、私も、誰でも世界を変えられる。

壮大な話のように思えますが、世の中の秘密を暴いて恐怖を煽るような他の陰謀論者と違って、Rapt様はこの混沌とした世の中をどう生きるべきか、その方法を具体的に示して下さっています。

こんな最強な御言葉は他にあり得ません。なぜなら神様からの愛の啓示だからです。

一人でも多くの世界中の人にRaptブログが広がり、一人でも多くの人が救われて有意義な人生を過ごされることを切に願います。

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