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I used to sew and stop. Now I am back on sewing for good. I would like to send messages to people who are seeking for life and what to do with it.

日本語 Rapt

Raptブログに出会って本当の愛に気づけたから、間違えだらけの過去の自分に別れを告げて、たくましく生きていける。

投稿日:


 

先日、愛を履き違えていたことに気づいたことを記事にしました。

この愛の履き違えこそが、人々の全ての悩みの原因であることが、Raptブログに出会ってからわかるようになってきました。

俗に言われる愛は、恋というサタンの誘惑を交えては、色恋沙汰をドラマチックに話すときに使われ、その先には結婚というある意味不自然な考え方が蔓延っています。

それでも世の人々は、恋愛の先に結婚があるものだと疑わず、その形式にこだわったりしています。

そうして結婚してみては「こんなはずではなかった」と、お互いの違和感を感じては相手のせいにしたり、他の異性と付き合って紛らしてみたり。

私はRaptブログ出会った40半ばにして初めて、本当の愛について、その愛が本来どうなされるべきなのかについて知りました。

俗に言う恋愛は、本当の愛とは全く別物だった…衝撃でした。

それを知って、過去を振り返ってみると、恋愛経験だけでなく、自分が体験してしてきたことのほとんどのことが、間違えだらけの元にあったことに気づきました。

10年前の私は、そんなことはつゆしらず、独身で生き抜く覚悟もできず、仕事ばかりの生活から逃げ出すようにカナダに移住までしてしまいました。

案の定、環境を変えたからといって、全ての不安から解放されるわけではありませんでした。

Raptブログから本当の愛のことを学んで、その愛に忠実に義を行う人たちは、場所を問わずに幸福に暮らすことができることも最近知りました。

海外移住しても救われない。自分が変われば、どこにいても幸福でいられる。

東京で仕事ばかりしていた頃、上司や同僚に「仕事ばかりしてるから彼氏ができないんだ」と言われては、上司の前の勤め先での後輩という人とブラインドデートを設定してもらったこともありました。

ファッション業界で数年働いたこともあったので、オシャレにはそこそこ興味があったし、化粧品などにもお金をかけたりしていました。

デートに出かけるにしても、身なりを整えて、お化粧をして、そうして相手に気に入られるようにばかりに気を取られていました。

なんと次元の低い、俗的な生活をしていたのかと思うと、まさに穴があったら入りたい、そんな気持ちになりました。

そうして自分を振り返ってみては、本当の愛に早く出会っていれば、独身でいて寂しいとか、周りや社会からの目に見えないプレッシャーとか、そういった悪魔のささやきにも、負けることはなかったろうに…と思ったり。

逆に、独身でよかったと素直に思えていたと思います。

でも当時の私は本当の愛を知りませんでした。

仕事ばかりの東京での生活から逃げ出して、仕事がなくなったカナダでの生活に不安を覚える…本末転倒とはまさに私の状況のことでした。

そうしてスピリチュアル系や自己啓発系の本に手を出して行くようになっていきました。連鎖的に、ヨガを初めてみたり、瞑想らしきことを真似てみたり。

理想の恋愛を求めては孤独な生活から抜け出したいと、自らどんどん悪魔崇拝者の罠に足を踏み込んでいきました。孤独感を持つと言うのは本当に危険です。

自分の心の持ちようと向き合おうとスピリチュアルよりな自己啓発本を買っては、お風呂に浸かりながら読んで、ひたすら悶々としていました。

そんなある日、友達と食品の買い物に出かけたときのこと、そのお店で働いていた年下だろうと思われる男子と話が弾み、電話番号を交換しました。

1週間ほど経ってから、その彼から電話が入り、出かける約束をすることになりました。食事をしながらお互いの話をします。

たわいもない会話の中で、彼は、ふとある本の話をしてきました。それがこの本です↓



この本は、まさに当時の悩める私が読んでいた自己啓発系の本でした。

たまたま本屋に立ち寄って選んだ本が、たまたま出会った人のハマっている本と一緒とは、愚かな私は何か運命のようなものを感じてしまったのです。

この本の中には、俗に言う「悟り(Enlightment)」のことが書いてあります。

タイトル”The Power of Now”からもわかるように、今この瞬間にだけ集中すれば、苦しみから解放されると言ったような内容が書かれています。

これこそが「考えない」ように人々を洗脳するスピリチュアル・自己啓発の悪魔崇拝者の罠。人々の弱みにつけこんで考えないようにさせては、人々をあらゆる悪の思想に導き、世の中のあらゆる娯楽へと溺れさせるのです。

Rapt理論を知った今は悪の思想を見極めることができるようになりましたが、当時は、どこからともなく出てくる不安から解放されたくて、この本に書いてあったように、今というその瞬間に精神を集中してみては、考えないことで得られるいわば単なる現実逃避をしていました。

悩みについて原因を追求しない、考えない。

その瞬間は悩みを考えないので、辛い気持ちと向き合わないから救われたということなのでしょうが、そもそも悩みについて考えて、原因や理由を追求しなければ、問題は解決されるわけもなく、ましてや真理には出会えるはずもありません。

この手の自己啓発本は、「悟り」という言葉を連発しては、なんともスピリチュアル的に、抽象的に話を展開させるので、結局のところ、最初から最後まで読んでみても救いは得られないは、頭が混乱するわで、踏んだり蹴ったりでした。

にも関わらず、スピリチュアルを擁護するかのように、この目には見えない、論理的には説明できないものこそが魂の世界なんだと、当時の私は理解しようとしました。

多分、このときの彼に対して価値観が近い、運命のようなものを感じたからこそ、スピリチュアルの世界までもポジティブに理解したかったのだと思います。

この彼は大学生で、私が住んでいたところから車で一時間半ほど離れたところで生活し、週末は私が住んでたところの近所のお店でアルバイトをして、その近くの母親の家で寝泊まりという生活パターンでした。

学生なので中間・期末テストなどもあれば、週末も勉強するためにアルバイトにはこないこともありました。

そんな感じで会う回数もさほど多くはなく、運命の人かと思ったのになんだかな…と思っていたあるとき、彼のフェースブックで、彼女らしき女性と写っている写真を見つけました。

その頃には、他にもなんだか怪しいと思うこと(もう、忘れてしまいました)もあったし、こんな写真を見てしまったしで、人間不信に。

そんなある日、すでにたいして会ってもいなかった彼に、わざわざ呼び出されては「しばらく会えない」と言われました。

ちゃんと付き合っていたって言う感じでもなかったところに、こんなことを言われたりして、何をどう考えていいのかよくわからなくなっていましたが、そのまま会わずに時が過ぎて行きました。

私は私で学校に通い、課題に追われ、今のパートナーと出会ってと、私の人生は進んで行きました。

そんなある日、学校の一つの課題をやるのに、ニューヨークに行って建築物やインテリアデザイナーの手がけたマンションを見たり、インテリア系のお店に入ってリサーチをする機会がありました。

クラスメートとニューヨークのある公園で軽く腹ごしらえをしていた時に、電話がなりました。

例の彼からでした。

私は電話に出ませんでしたが、留守電が残っていたので、後で聞きました。

「あんな一方的な形でいなくなって申し訳なかった。また会えないか。」

そんな内容のメッセージでした。

それには返事をしませんでしたが、それから数ヶ月経って、クリスマスの時期がやってきたときのこと。

私のパートナーが北欧に住む子供達に会いに2週間ほど私の前からいなくなったとき、ふと寂しい気持ちになった私は、例の彼がアルバイトしていたお店に顔を出してみることに。

今思えばサタンが入った瞬間でした。

いっときでも運命を感じた彼。別れて消えたはずの彼が謝りの電話を入れてきた。これはやっぱり何かの運命で繋がれているのか?

孤独を感じる心というのは、本当に罪です。

こうやって、孤独な自分に都合よく物事を理解しようとしては、自分の間違った考えにサタンをつけ込ませてしまうのです。

幸い我に返って考えることで、一度は運命を感じたこの彼と寄りを戻す事はありませんでしたが、Raptさんの御言葉を聞くようになってから、自分の弱さに嫌気がさしました。

さらに後に、過去の経験からもサタンの手口がどういうものか、Raptさんの伝えてくださる神様の言葉からはっきりとわかるようになりました。

あのときRaptさんの御言葉に出会っていたら…

そう思ってしまう思い出したくない過去の経験が一体いくつあるでしょうか。いくつもあります。

そのいくつもある苦い体験があって、今こうしてRaptさんの御言葉に出会えたのだろうとも思いますが、真理を知らないということがどれほど恐ろしいことか。

さらに驚いたことは、この真理である神様という愛の存在が、悪魔崇拝者たちによって長い間隠されてきたということ。

彼らが行う政策にしろ、文化芸術にしろ、偶像崇拝にしろ、全てが聖書を逆手に悪用してきたというのには、もう言葉も出ません。

スピリチュアル・自己啓発本も然り。真理を隠し、神様に反逆する彼らが作った、反バイブル的な存在。そんなのから人々が救われるはずもありません。

この悪質な手口は、サタンの息がかかった悪人たちである、世界の皇族、天皇、政治家、学者、有名作家たちによって、あらゆる場面で繰り広げられてきました。

そんな息苦しい社会に生活してるとは知らずにサタンの世界にどっぷり浸かるか。もしくは、真理に気づくか。

例の彼は、のちにアマゾンでスピリチュアルを高める?数ヶ月のツアーに出かけ、今は、反バイブルの聖地、カルフォルニアに居るようです。

真理を求めた私は、Raptブログを通して、Raptさんの伝えてくださる神様の御言葉に導かれました。

本気で辛いことや悩みごとから解放されたいならば、Raptさんの御言葉をぜひ聞いてほしい。

誰も語ることのなかった霊の世界と人間の関係。悪魔の存在を知らずしては、悪魔が人間を使って仕掛けるいくつもの詐欺や罠にかからずに、平和に暮らすことは不可能です。

Raptさんの伝えてくださる御言葉には、この霊界のこと、サタンの存在、悪事に騙されず幸せになるには、神様との愛の関係をなすことだと言うことをわかりやすく説明してくださいます。

そして、神様との愛の信頼関係をどうやって築いてこられたかを教示してくださる。

こんな最強の話はRaptさんの御言葉にしかないのです。

そう確信して、従順に従っていくと、少しづつ良い方向に自分の考えが変化していくのを感じるとともに、霊魂が成長する方向へと導かれていきます。

世の人々は、おそらくこの真理が存在するとはなから信じていないから、気軽に始められるスピリチュアル・自己啓発などに手を出すのだと思います。

心弱ってこれらの本に手を出しそうになったら、まずRaptブログを読んで欲しい、そう切実に願います。

悩みの原因、理由がはっきりとわかるようになり、さらには善悪がつけられるようになります。

善悪がつけられるようになると、世に蔓延った悪なる思想が何か区別ができるようになり、様々な誘惑に惑わされることがなくなります。

真理は一つ。正しい道はここにしかありません。

恋人はサタンのもの、愛は神様のものです。恋人を求めれば悪の道に足を踏み込むことになり、真の愛を求めれば神様の道へ導かれるのです。

その方法を惜しげも無く教えてくださるのがRaptさんの御言葉です。

少しでも興味を持ったら、まず聞いてみてください。

そうして、真の愛のある幸福な人生を多くの人々が送ることができますように。

○RAPT有料記事

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